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登らない山登り!?東京近郊で富士塚登山をしてみよう

富士塚登山をしてみよう
東京都内を中心に「登らない山登り」というものにチャレンジしている、アーバンアルピニストの前田とまきと申します。アーバンは都会、アルピニストは山に登る冒険家のこと。都会の山にチャレンジする冒険家という意味です。私が勝手につくった肩書きなんですけどね。週末の遊びの時に使っています。

メインの活動は、東京近郊で本物の山ではないけど山っぽいところに訪れて探検すること。登らない山登りです。例えば、モノレールで飛鳥山に登ったり、エレベータで愛宕山に登ったり。青山、代官山、神山と言った、山ではないけど地名に山がつく場所を訪れたりもします。そして中でも富士塚登山は、自分の中で一番力を入れている活動です。

というわけで今回私が皆さんにご紹介するのは、登らない山登りが気軽にできる、東京周辺の富士塚登山について!

前田とまき

「アーバンアルピニスト」を名乗り、日々都内でなるべく登らない山登りを研究中。江戸七富士完全登頂経験者。写真と散歩が趣味。

東京近郊に50カ所以上!富士塚登山の魅力

17品川富士登頂を目指す筆者。この2分後には頂上へ到着!

東京近郊には、遺跡も含めると大小50以上の富士塚があると言われています。皆さんの中でも、見たことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。富士山の形を模した、人工のミニチュア富士です。神社などによくあります。

昔の人は、なぜこんな富士塚をつくったのか?

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江戸時代に「富士講」と呼ばれる民衆信仰が盛んになりました。富士山を聖地として定め、そこに巡礼して参拝することで、ご利益が得られると信じられていたのです。しかし当時は、誰でも富士山に登れるわけではありませんでした。

そもそも当時の富士山は女人禁制だったため、女性は登ることができません。また、長い距離を徒歩で移動するため、子どもやお年寄りなども富士山を訪れることは難しかったのです。さらに、日本の国内を関所を越えて移動するには、通行手形と呼ばれる現在のパスポートのような許可書が必要だったのです。自由に旅行するのが許されなかった時代、この通行手形が発行されるのは、神社へのお参りや、温泉への湯治など、一部の限定された目的のためだけ。それも、限られた人にだけ。

江戸時代、一般の人たちにとって、旅は本当に貴重な体験でした。

多くの人が富士山に登って参拝する「富士詣で」に憧れていました。いつか富士山に参拝できることを夢見て、みんながお金を出し合って富士講の活動をしていたのです。

富士詣でがしたい!けどできないなら……

03江古田の富士塚

江戸時代、富士山に参拝すること、つまり「富士詣で」は、一部の限られた人しか行うことができなかったということは既にお伝えしました。

なので民衆信仰の富士講では、みんなでお金を出し合って、代表者が富士山に巡礼に行ける仕組みをつくりました。参拝が目的であれば通行手形を取得できる可能性があったからです。かくして「江戸八百八講、講中八万人」と呼ばれるほど、たくさんの富士講の団体が生まれ、そしてそこに参加する人も増えました。

こういった富士講の人たちは、富士山に参拝しにいくだけでなく、富士詣でに行けない人にも富士登山のご利益が得られるように、地元にみんなで登れる人工の富士山をつくりました。これが、富士塚です。

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こうして作られた富士塚は、高さ数メートルのものから、10メートルを超すものまで大きさはさまざま。精巧に作られた富士塚は、実際の富士山の形だけでなく、地形的な特徴も再現しているものもあります。たとえば、富士山麓にある溶岩洞窟を再現するために、富士塚の山裾の向かって右側に「胎内洞穴」と呼ばれる穴があいていたり。五合目付近に「小御嶽神社の碑」や、七合目に「烏帽子岩」があるものも。そして山頂に「奥宮」と呼ばれる祠が建てられています。

富士塚の表面には黒ボク石という、富士山から持ち帰ってきた石が使われていることが多いです。表面がデコボコしている、溶岩が冷えて固まった石です。黒ボク石という名前の由来は、黒くて、表面に凹凸があるからだそうですよ。黒くて、ボクボクしているから、黒ボク石。

富士塚はいろんなサイズや形があるので、全てにこの特徴があるわけではないですが、もし富士塚を訪れる時は、上記のようなポイントに注意して観察してみると面白いですよ。他にも、富士講の名前や、富士詣でに行った人の名前を刻んだ石碑などもあります。

また富士塚の登山道には「一合目、二合目、三合目……」と、合目石と呼ばれる石の標識が設置されていることが多いです。小さな山だと、ちょっと歩くだけですぐに次の合目にたどり着いちゃうんですよね。あっという間に、頂上の十合目。

この簡単に登頂できるのも、富士塚登山の魅力です。

21江古田富士の八合目。手前にあるのが新しい合目石で、奥の方に古いものもあります。

いつでも登れる、おすすめの富士塚

さて、ここからは、東京近郊にある富士塚のうち、いつでも登ることのできるおすすめの富士塚をいくつかご紹介します。

京急本線を見下ろす品川富士

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京急本線の新馬場駅から徒歩3分。品川神社の境内にあるのが「品川富士」と呼ばれる富士塚です。もともとは明治初期に作られた富士塚ですが、大正11年に第一京浜国道がつくられた際に、現在の場所に移転してきました。高さは15メートルほどで、富士塚としては大きいサイズです。

都内に50以上あると言われる富士塚の中でも、この品川富士は特に有名で「江戸七富士」の一つにも数えられています。

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品川神社の鳥居をくぐって石段を昇り、一番上まで行かずにその途中で左に曲がったところに、富士塚の入り口があります。登山道はかなり急なので、気をつけてください。普通に歩くと、2分くらいで山頂に着きます。

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昔は、ここから富士山が眺望できたとのことですが、さすがに今は見えませんね。その代わり、京急本線の電車が目の前を通過するのを見ることができます。

10歩で登れる浅草富士

07 朝活と称して、早朝にみんなで登ってみました

10歩で登れる富士山が、浅草にあります。浅草富士浅間神社の「浅草富士」です。登山口から登り、あっという間に頂上へ。頂上にある奥宮に参拝し、下山口から降りてきます。

高さは約1.5メートルほど。写真で見て分かるように、頂上まで本当にあっという間です。平成28年に建立されました。

10-1あっという間に登れちゃいます

こちらの浅草富士浅間神社は、地元の人から「お富士さん」と呼ばれて親しまれています。この近くには富士小学校や、富士公園など、富士と名のつく場所が多いので、ちょっとした富士巡りができますよ。

護国寺にある標高6メートルの音羽富士

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護国寺の境内にある「音羽富士」は、江戸七富士のうち唯一お寺の敷地内にある富士塚です。

お寺に着いた後、富士塚がどこにあるのかなかなか見つからず、探し歩いていたら下の標識を見つけました。

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もともとは文化14年(1817年)に建てられた富士塚ですが、現在の富士塚は平成元年に修復され、頂上にはその時に建てられた奥宮があります。

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登山道があるようでないような、なんだかジグザグになっているので、それらしいコースを辿って登りました。石碑を眺めつつ、ゆっくり頂上を目指します。でもやっぱり、あっという間に登れちゃうんですよね。

東京メトロ有楽町線の護国寺駅から、徒歩3分くらいです。周辺には緑のある公園も多いので、のんびり散策してみるのも良いと思います。

東京近郊で富士塚登山のまとめ

都内で気軽に「富士登山」が楽しめる富士塚をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?登ってみたくなりました?

サイズは小さいですが、これでも立派な富士山です。こちらに参拝すると、本物の富士山に登ったのと同じご利益があると言われています。都内近郊に50カ所以上あると言われていますが、中でも有名なものは「江戸七富士」と呼ばれています。今回ご紹介した品川富士と音羽富士も、この江戸七富士に入っています。

富士塚の中には、保存と修復のために、普段は登ることができないものもあります。江戸七富士の中でも、年に数回しか登れないものもあるので、実は7つ全部を登るのは意外と大変だったりもします。

筆者は、友人たちと一緒にこうした東京近郊の富士塚に登る、富士登山のツアーを時々やっています。朝、会社に出社する前の「朝活」として、ちょっと早起きして都内の富士塚に登ってみるのも楽しいですよ。

前田とまき

「アーバンアルピニスト」を名乗り、日々都内でなるべく登らない山登りを研究中。江戸七富士完全登頂経験者。写真と散歩が趣味。

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